2026/11/01
2026年はフィジカルAI元年となりました。AI搭載ロボットの華麗な動きやテスラ社の車の宙返りを見ると、人間がしている大抵の作業はAIに取って変わられ、それ以上のパーフォーマンスが普通にできてしまう時代に突入したことが実感されます。鉄腕アトムの世界に追いつきました。一方で、不正アクセスによる情報流出が連日のように報道され、これはAIのダークサイドです。
私が学生の頃に、始めてプログラム可能な計算機が売り出され、早速入手したのを思い出します。大学院生時代には、データー解析目的で自らプログラムを組み込み、便利になったものだと、大いに利用したものです。インターネット接続や、メール利用もそれなりに早い方だったと思いますが、格段に早まった現代のIT進歩にはとてもついて行けません。中がどうなっているのか見えないモノは、理解できませんデス。某AI検定を受けたという発展家の同世代友人は、「そこをAIで克服すればよい」と言いますが、近寄れないまま、気がつけばとこかで使わされている状態かと思われます。“目に見えないものは信じられない“
そんな私が思うAIへの期待。一般には情報の収集、整理、要点抽出、膨大な情報を漏れなく、ミスなく、しかも迅速にまとめ、新たな価値を生み出すのが利点と理解しています。特性を上手に使うことで、事務的な仕事の多くはこなせそうです。新しい企画やその収支予測も漏れなく、かつ正確そうです。同じラインで天気予報や災害予測も当たる確率が大幅に高まっています。最近の天気予報は当たりますねエ。過去の膨大なデーターを背景に出す答えですから、結論もより精緻になる訳です。過去にない温暖化に対応できるかな?正しい情報がなければ、誤った結論になる危険も。個人的利用のレベルでは手紙や文章は得意かな。ブログもたちどころに書いてくれそう。意意味無いか?病気の診断も、症状入力で疾患の目安をつけることが簡単に出来そうです。学術論文書いたり、小説書いたり、音楽作ったり、絵を描いたり、映画を作るなどの創造的作業もこなせそうです。AI作成の論文は、今のところ通常の学術誌には受理されないことになっています。すぐにAI専用の学術誌ができるかナ。芸術作品には、どれだけ魂が込められるか。AIには魂がないのですが、意外と魂のゆらぎも真似られるかもネ。今や翻訳も得意。同時通訳も出来ます。
フィジカルAIの発展も期待分野です。人の嫌がる仕事、重労働、危険作業、深夜の作業も難なくこなせるでしょう。現在問題となっている介護・医療従事者不足にも役立つかも。休憩不要で過重労働もありません。人型ロポットだけでなく、車もロボット化。AIによる安全技術や自動運転が普及すれば、不幸な交通事故が激減すると思われます。アクセル・ブレーキ踏み間違い、センターライン越え、追突、左折巻き込み事故などは過去の話しになる。
マイナス面は?アメリカのAI開発企業アンソロピック安全研究のトップ、エヴァン・ヒュービンガー氏は、AIの進歩があまりに速く、今後10年以内にAIが「全人類を滅亡させる」可能性が10%以上あると考えられると、警告しました。AIには物欲、性欲、金銭欲、食欲、名誉欲などがないと思われるため、一定の欲望に基づく利己的な作動はしないと予想されます。しかし、そういった欲を持った人間の意図による悪用は可能です。人間は幸せ、安らぎ、快楽、簡便、達成感を求めて行動。その失敗と気付きによる成長の過程で教育、コミュニケーション、自己学習、自省を通じ、心の痛みを学習、体得し、倫理観を育んでいく。AIには特別に組み込まない限り倫理はありません。AIには欲望がない反面、痛みや苦しみもなく、倫理観をはぐくむ過程がありません。かのSF作家アシモフは、ロボットの行動原則として「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」を目的とする3原則を提唱しています。その先見性は素晴らしい。現実には、日々、不正アクセスによる情報、流通、通信、交通等の障害が生じています。フェイク情報の拡散も大きな社会問題となっています。AI搭載ドローンによる一般住宅やインフラの攻撃ニュースも連日です。更に、万が一にもAIが自律的な欲望、例えば支配欲、自己増殖欲などを身に付けて、 “自己“本位な行動を始めると、恐ろしい。ネットにつながり得る全機器がAIの目となり手となり足となり、翼となる。IT、個人のパソコン、自動運転自動車、電子家電、監視カメラ、フィジカルAI、産業ロボット等、ネットで結ばれた機器の全てが目となり、手となり、足となりますます。多くの社会活動が操られ、場合によっては飛行機も、核ミサイルさえも、脅威に晒されることになる。SF世界の出来事とは言えなくなりました。鉄腕アトムやどらえもんは登場するでしょうか。
これだけ多彩な能力が発揮出来ると、生身の人間様はかなわない。仕事もAIにとってかわられる。事務的仕事がAIに任され、肉体作業もとって代わられる。AIが働き、人間様はその稼ぎで左うちわで過ごす、かつての貴族社会と奴隷的一般庶民の関係のように、、。とかの社会的余裕は、この世知辛い世の中では生まれないのかも。
別も問題も感じます。子供の思考力の発達問題。AIが素晴らしい回答を出すので、私たちは、考えることをAIに委ねてしまう。初等教育で問題解決をAIに任せていては、自らの能力発展が閉ざされる。車に乗ってばかりいると、足腰が弱るのと同じです。現在多くの国で子供のSNS利用を制限する話しが出ている。これはゲーム課金や犯罪に巻き込まれるのを防ぐのが目的と思いますが、考えをAIに委ねることによる思考能力低下も由々しき問題と考えます。人間、使わない機能は発展しないし、一定の年齢に達すると早々に衰えるようにできています。一定年齢を過ぎたオジサンの理想、晴耕雨読、悠々自適生活は今やボケの要因ですが、今度はそもそもの思考能力の発展を心配しないといけない。進歩の歩を緩め、時間をかけてAIと向き合う知恵をAIと考えていく時間が必要に思えます。
